ぼくが地域おこし協力隊になった2つの理由①:会社に人生を左右されることへの疑問

元地域おこし協力隊のスギです。

ぼくは2014年7月に地域おこし協力隊として伊根町(京都府)に着任しました。この決断はぼくの人生にとって大きな意味を持つものとなりました。

地元愛知県で、みんなと同じように働き、みんなと同じように暮らせればいいと思っていたぼくが、なぜ地域おこし協力隊という働き方を選んだのか。今回はその理由について書いていこうと思います。

地域おこし協力隊になった2つの大きな理由

ぼくが地域おこし協力隊になった理由は大きく分けて2つあります。

  • 会社に人生を左右されることへの疑問
  • 都市にはない地域の可能性
会社に人生を左右されることへの疑問から、もっと人生を自分で考え・決められる力をつけたいと思いました。

都市にはない地域の可能性に惹かれ、地域をフィールドに働きたいと思いました。

この二つを実現できるのが地域おこし協力隊だと考えたんです。

今回はそのうちの「会社に人生を左右されることへの疑問」について書いていきます。

会社に人生を左右されることへの疑問

サラリーマンは良くも悪くも会社に人生を左右されます。

 

ぼくがそれを痛感したのは以前勤めていた会社での異動の時でした。

入社3年目、ぼくはそれまで勤務していた地元愛知から東京へ異動になりました。東京への異動自体はそれほど抵抗はなく、むしろ新天地での仕事にワクワクもしていました。

先輩の話から3年ほどの東京生活は予想されたので、乗っていた車を手放したり、彼女と今後の関係について改めて話し合ったりしました。当時のぼくは「サラリーマンならよくあること。これもステップアップのためだ。」と考えていました。

 

しかし東京での仕事や生活にも慣れ始めた1年後、まさかの愛知への異動。

 

  マ ジ か。

 

「1年前の自分の決断はなんだったのか」とか、

「せっかく東京での仕事の流れがわかってきたところだったのに」とか、

「そもそもなぜ1年で戻すならわざわざ東京に行かせたんだ」とか、

不満や疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡りました。

 

周りでも異動については「子どもが生まれたばかりなのに単身赴任になってしまった」とか、「家を買って間も無く転勤を命じられた」という話も聞きました。

安定した生活とは

安定した生活を求めて民間企業に就職したぼくですが、それをきっかけに「サラリーマン生活は本当に安定しているといえるのか」ということを考えるようになりました。

 

サラリーマンは会社の状況に合わせて勤務地や勤務時間などのライフスタイルが変わり、その際に無駄な生活コストを支払うこともある。

それを「安定した収入の代償」と考えることもできますが、最近の大企業の経営破綻などを見ていると収入すら保証はありません。公務員になったとしても夕張市のような事例もあります。

もちろんそれはごく一部の例ですが、今後社会の変化のスピードが早くなるにつれ、そういった事例は増えてくるように思えます。

 

ということは今後は個人事業主であってもサラリーマンであっても、不安定さは常にともなうんじゃないでしょうか。

あとは自分を信じるか、会社を信じるか。自分で変化するか、会社の変化に従うか。

そしてぼくはどうせ不安定なら、自分の進む道は自分で決めたいと考え、個人事業主の道を考えるようになりました。

ほどなくして見つけた伊根町の地域おこし協力隊の募集内容には、自由度の高そうな業務内容とその後の起業支援について記載されており、3年後に起業することを目標に応募しました。

人生の指針を会社から自分へ

ここまでのまとめ

  • 会社に属していると、会社の状況によって自分のライフスタイルが左右される。
  • 今後はサラリーマンだからといって安定した収入が約束されている時代ではない。
  • ならば自分の進む道は自分で考え、決めたい。
  • 人生の指針を会社にあずけきるのではなく、自分自身で持つことが大事。
会社に人生を左右されることへの疑問についてここまで書いてきましたが、結局のところ問題は「会社に人生の指針をあずけきっていた自分」だったんだと思います。

何かあっても会社の判断のせいにしていれば、自分は傷つかずに済みます。ただそれを続けていると成長の機会がありません。

 

逆を言えば会社に属していてもその指針をあずけきっていなければ、その人は会社に振り回されることもそれほどないのかもしれません。

世の中の流れを見ていると、副業をしていたり、社外にコミュニティを持っていたりするサラリーマンが増え、会社が危機的状況に落ちいっても共倒れするような人は減ってきたようにも思います。

 

ぼくにとってサラリーマン生活をやめることは、人生の指針を会社から自分に取り戻すようなことだったのかと思います。

会社に属しながらでも出来たのかもしれませんが、ぼくの人生の指針は地域というフィールドを選んでいました。

 

ではなぜ地域というフィールドを選んだのか。その理由は次回また書いていきます。

ぼくが地域おこし協力隊になった2つの理由②:都市にはない地域の可能性

2017.09.25

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